新年おめでとうございます!

 お久しぶりです。お元気に新年を迎えられたでしょうか。
 私のほうは、今年も、もう17日なのに、なかなかブログを再開できそうにありません。昨年くれから、色々と忙しくしています。家の修理から始まって家族の病気と続き、自分自身も体調を崩し、今に至りました。

 申し訳ないですが、もう少しお待ち下さい。

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申し訳ないです!!!!!!!!!!

11月からそろそろと思っていたのですが、色々浅い事情!?があってストップしています。

一つは歯の治療の進展が遅いこと。

もう一つは、ブログの形式が変わり、戸惑っています。以前のブログの書体、写真のレイアウトなど変になってしまいました。手直しすべきか、このままにしておこうかと悩んでいます。

その上、我が家の水道管に亀裂が入り、水漏れしているのですが、場所の特定や、修理方法が決まらずオタオタしています。

と言うことで、再会は早くて12月、遅いと年明けにになりそうです。悪しからず!!!!!

ゾウさんだけでなく他の方々にも、この場をお借りしてお詫びいたします。

誠に申し訳ございません!!!!! お許し下さい!!!!!

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歯科治療9年の苦労ばなし  90 

 
                P1000290
 
 今日の写真は、また須磨離宮公園へ行ったときのものです。公園内の温室に色とりどりの
 
花が咲いていました。
 
 歯のほうは、来月5日の予約を待っています。前回に型取りした、新しい左下の部分入れ
 
できているはず。1か月ほど様子を見て、良さそうなら、次は右下の第2大臼歯少し
 
高くします。これは部分クラウンで、端が舌に引っかかるということもなく、細工は上手なので
 
すが低いのです。作り直しはせずに、上面に金属を足すようにお願いしました。新しく作りな
 
おしても、端がめくれて舌に当たり血が出るようなのが、できてきても困るからです。
 
それで、治療は完成です・・・ あと半年と思っているのですが・・・
 
 今回は、第三章 大学病院から民間病院へ の ”12 スプリントを投げ捨てる” で、
 
この章の最終回です。 
              
             
 
 
          「歯科巡歴の記―歯科からの帰還」                 
 
 
    第三章  大学病院から民間病院へ
 
       十二  スプリントを投げ捨てる
 
 
 
 二月半ばに、民間病院の診察があった。歯科医と話をすればするほどバカにされている
 
ようで、いやになって帰ってきた。
 
 
 
 早く次の歯科医を見つけなければと焦るが、大学病院補綴科の元主治医に相談に行くに
 
も、予約の日はまだ三週間も先だ。待っているあいだに、もう一つの歯科大学へ行ってみよ
 
かと思ったが、踏みとどまった。大学病院だから初診では話を聞くだけで、検査を一通り終
 
て、治療方針や主治医が決まるまでには二カ月はかかる。それから、新しい主治医に、
 
九年近い治療の経過との歯の状態を理解してもらうまでには、また何カ月かの試行錯誤が
 
必要にるだろう。元の主治医に相談するほうが、まだ手間暇や精神的な煩わしさが少ない
 
気がした。
                           
 
 民間病院の歯科医から、頼んでいた紹介状が届いた。
 
 以前、大学病院へ初めて行くときにも、開業医の歯医者から紹介状を貰ったことがある。
 
そのときは、なにを書いてあるのか気になっても、封筒を開けてなかを見ることに躊躇いが
 
あった。封は開けずじまいだ。今度は、これを書いた歯科医への信頼が完全に砕け散って
 
いたので、なんの躊躇いもなく封を切った。
 
 中身を読んで驚いた。この十カ月で症状は改善されたが、噛みしめの症状がきついと書い
 
てあるだけだ。「筋肉の緊張が随分とれた。歯の状態も改善されたので、口腔内の調整を
 
一度だけした」と。五回もクラウンなどを削ったのに、記憶にないのか。カルテに書いていな
 
のか。ごまかそうとしているのか。それに、治療の中止の理由については、まったく触れて
 
いなかった。
 
 こんな紹介状を持っていっても、これからの治療の役には立たない。この内容を信じて誤解
 
され、むしろ害になるだけだ。だが、宛名は補綴科の元主治医になっている。私が勝手に
 
捨てるわけにもいかない。頼まなければ良かった。
 
 怒りをバネにして、気力を奮い立たせることもできない。腹が立つ以上に惨めで、悲しくなる
 
だけだ。三週間が鬱々と過ぎる。
                            
 
 三月も半ば、庭の桜の蕾が膨らみだしたころ、やっと予約の日が来た。大学歯科病院の
 
元主治医に相談に行く。私の立場は、元主治医からなんと言われても仕方がないものだ
 
覚悟している。だが、どんな顔でどう切りだせば良いのだろう。
 
「僕としては、また帰ってこられても困ります。僕では治らないから、他へ転院したんですから
 
ねえ。治す自信なんて、僕ないですよ。でも、患者さんの立場になって考えると、
 
ここへ帰ってくるしかありませんよねえ」
 
 意外な元主治医の言葉に驚いた。こんな優しいことを言ってくれる人だったのか。
 
「でも、いったん引き受けておいて、なんで今になって投げだすのですかねえ!」
 
「さあ……、診察日が月に一度になるのでとしか……」
 
「それで、他を紹介もしないのですか! なんなんですかねえ! 無責任すぎますよ!」
 
 まさか私がこんなときに泣き出すとは思ってもいなかったのに、今にも涙が出そうだった。
 
堪えるのが精一杯で、うなだれたまま聞いていた。この歯科医にまた診てもらうかどうかは、
 
まだ決心がつかない。
                             
 
 話を進めていくうちに意外なことがわかったのだ。
 
 元主治医は、私が民間病院へ転院したのは、そこの歯科医の経歴や権威のためだと思っ
 
ていたようだ。民間病院の歯科医は、かつてこの大学病院の教授で、院長をしていたことも
 
ある。
 
「私は、そんなことで選んだのではありません。民間病院だから治療の回数が多いのと、
 
顎関節や噛み合わせに詳しく、診察時間が過ぎても残ってみてくださる面倒見のよい方だ
 
お聞きしたからです」
 
 以前に、二人目の主治医の教授から、この元主治医に替わった経緯も説明した。
 
 二人目の主治医は診察時間が過ぎると、治療の途中でもさっさと帰ってしまうような人だっ
 
た。自分の失敗を隠そうと、嘘も言った。他にもっと上手な歯科医がいることが分かり、替わ
 
ってくれるように頼んだ矢先に、その歯科医が病気になって病院を辞め、代わりに、この元主
 
医が紹介された。そんなことを話した。
 
 驚いたことに、この元主治医は、私が替わって欲しかった歯科医の弟子だという。どうして
 
この歯科医が紹介されたのかと思っていたが、あの歯科医の抜けたポストを継いだ人だった
 
からだろうか。だが、専門はまったく違う。師匠は噛み合わせで、弟子はインプラントなのだ。
 
 元主治医は、私が師匠の歯科医を選んでいたということに、気をよくしたようだ。
 
「まあ、どの医者でも、自分が一番と思っているのです。他が駄目で自分のところへ来たの
 
なら、治してあげよう。自分なら治せると思うものですよ」
 
「はあ」
 
「でも、あなたの場合は、噛み合わせが重要な問題だから、僕よりも噛み合わせに詳しい
 
先生を紹介しましょうか? 僕も一通りは勉強していますが、インプラントが専門ですから」
 
 この歯科医で治らないから転院した。噛み合わせに詳しい別の歯科医のほうが、適任に
 
がいない。しかし、紹介をすぐには頼めない理由があったのだ。
 
 そもそも民間病院へ転院した一番の理由は、左側のクラウンや部分入れ歯が舌に当たっ
 
痛かったのに、そのままで我慢するようにと言われたからだ。舌に当たるようになったの
 
は、左上のクラウン二本を作りかえたときに内に入り過ぎ、その左上に合わせて作った下の
 
クラウンや部分入れ歯も内に入り過ぎになったためだ。口腔内が狭くなったから、舌が歯に
 
当たるようになったのだ。噛み合わせも筋肉にも問題はあるだろうが、これが直接の原因で
 
はないかと、私は思っていた。そして、左のクラウンなどを作りかえたのは、この元主治医な
 
のだ。もう一度、クラウンや部分入れ歯を作りかえて口腔内を広くしなければ、舌が歯に当た
 
るのは治らない。事情を知らない他の歯科医では、これを解ってもらえないのではないか。
 
 このころは、以前にも増して、私はそう思うようになっていた。
 
 それは、このことを民間病院の歯科医に説明したときに、まったく取り合ってもらえなかった
 
からだ。私の話だけでは駄目なのかと、元主治医から、やっと返してもらったクラウン二本と、
 
そのとき参考のためにと一緒に手渡してくれた石膏の歯形や、昔のレントゲン写真を持って
 
いったこともある。だが、それを見る必要はないと、歯科医は言ったのだ。大幅に何本もの歯
 
の位置変えるように、クラウンなどを作りかえるのは、危険で、恐ろしいことなのだろう。
 
軽々しく、 患者の訴えどおりにするわけにはいかないのだと、私は理解した。
 
 選択肢は他にも、この病院の第二補綴と、もう一つの歯科大学もあったが、左上下のクラウ
 
ンや部分入れ歯を何本も作りかえて、口腔内を広くできるのは、この元歯科医しかいない。
 
まず、この歯科医に作りかえてもらってから、噛み合わせに詳しい歯科医を紹介してもらうの
 
が良いのではないか。
 
 それに、この日の元主治医の対応は本当に意外で、優しいものだった。以前の初診のころ
 
を思い出した。四時の診察終了時間が過ぎても、会議をキャンセルしてでも、残って治療をし
 
てくれた。信頼していた歯周科の歯科医も、勧めてくれていた。口は悪いが、良い医者なの
 
しれない。この人に決めようか。もし、それで駄目なら、噛み合わせに詳しい歯科医に替
 
もらうこともできるのだ。
 
「ええ、でも、新しい先生だと、また最初から解っていただかないといけませんし……。
 
先生にお願いできませんか? 一度、試していただいて、もし駄目なら、
 
その先生に替わってくださいますか?」
 
「ああ、そうですか。そうしましょうか」
 
 元歯科医はそう答えると、以前に取った何組かの石膏の歯形を見せながら、今後の治療に
 
ついて、いろいろと説明してくれた。そして、私の話も聞いて、舌に当たって痛い左側を作り
 
なおすと、言ってくれたのだ。
 
 二時から三時の予約なのに、とっくにその時刻は過ぎていた。
 
「お時間、よろしいのですか?」
 
「このあと、他の予約はありませんので、時間は気にしなくて大丈夫ですよ」
 
 四時も過ぎたころ、診察が終わった。
                                                                  
 
 家に帰り着くと、とっくに日は落ちて、屋根の上に瞬く北極星が大きかった。薄暮のなか、
 
高速道路を走っていたときは、ちょうど大型トラックのラッシュ時で、緊張してハンドルを握っ
 
ていた。居間の明かりを付けた途端、一度に重荷を下ろしたように気が抜けて、椅子に座り
 
んでしまった。なにもかもがバカバカしい。痛みや不快感を我慢してスプリントを付けている
 
も、バカバカしいのを通り越して、滑稽に思えた。ポイと口から吐き出して、ゴミ箱に投げ
 
てやろうか。ゴミ箱に捨てはしなかったが、すぐに外して、テーブルの上に打ち捨てた。
 
 翌日、民間病院へ電話を入れた。
 
「次回の予約は、キャンセルさせていただきます。次の歯科医が決まりましたので」
 
 一週間後に最後の予約があったのだ。前回の診察での歯科医の話や対応にすっかり嫌気
 
がさしていたが、次が決まらないうちは行くしかないと思っていた。しかし、一カ月後の予約と
 
は言え、もう決めたので、まったく行く気がしなくなったのだ。キャンセルの電話をするのさえ
 
いやで、しないで放っておきたいくらいだった。だが、私は礼儀として断りの電話を入れる偽
 
者、小心者だ。自己正当化のために、とりあえずの行動をとる自分が、いやになった。
 
                                               
 結局、この十カ月は、なんだったのだ。
 
 五年半もの試行錯誤の末、やっと作ったクラウンや部分入れ歯を削られ、駄目にされた。
 
歯が低くなりすぎて、スプリントなしでは過ごせなくなってしまった。食事もままならない。顔の
 
外観も、歯のない老婆のように頬がこけた。重症の噛みしめやカチカチが始まり、治っていた
 
顎関節や筋肉の痛みも再発した。
 
 このままで、泣き寝入りをしたくはない。だが、この症状をなんとかするのが先だ。それなの
 
に、すぐになんとかしてくれるところはないのだ。次回の元主治医の予約は、一カ月後だ。
 
鎮痛剤だけが頼みの綱。あとは気安めかも知れないが、顎や顔面の筋トレに励むしかない。 
 
 
 
「ひどい歯医者に、ひどい目にもあってるけど、良い人にもたくさん出会っているって。
 
悪いなかでも、良いように、いってるんちがう?」
 
 友人の言葉に、私は頷いた。支えてくれる人がいる。親しい人や友人はもちろん、
 
県の歯科相談所の歯科医や歯周科の担当医、それに思いもかけない元主治医。その優しさ
 
が、心に積もってゆく……。

           

 
 
 このあと治療はまだ続いて、現在は大学病院の元主治医のところへ通院中です。ですが、
 
ブログの続きは、勝手ながら、しばらく休ませていただきます。
 
 楽しくもない話を長いあいだ読んでくださって、本当に有り難うございました。ブログを書く
 
は初めての経験で、最初は戸惑いながらでした。読んでくださる方いるかどうか見当も
 
つかず、心細いスタートでした。でも、たくさんの方が訪ねてきてくださって、優しい励ましの
 
コメントまでいただくことができました(嫌がらせのコメントがまったくなかったのは、意外なほ
 
どです)。それは、ブログを続ける励みになったのはもちろん、それ以上に、どんなにか、
 
歯の治療を続ける励みになり、慰められたことでしょう。
 
 ほんとうに、ほんとうに、有り難うございました。
 
 たぶん秋くらいから、この続きを再開させていただくつもりです。良い結果をお話しできる
 
思いますので、そのときは、またどうか宜しくお願いします。
 
 皆様のご健康と、ご活躍をお祈りしています!
 
            
 
 
 
 
 
 

 

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歯科治療9年の苦労ばなし  89 

 
             P1000290
 
      今日の写真は、また須磨離宮公園で撮ったものです。
 
      歯のほうは、首の故障が治るにつれて、噛み合わせが以前よりも良い状態になってきた
 
     よう気がします。頸椎の5番6番が歪んで神経に触っていました。レントゲン写真を撮る
 
     とき、真っ直ぐ前を向いているつもりなのに、技師さんに姿勢を直され、こんなので正面を
 
     向いたことになるのかと、私はビックリ。首が曲がっているというより捻れていると、整形
 
     外科医にも言われました。もう筋肉の緊張は取れたと思っていたのに、まだ影響していた
 
     ようです。それ以来、首の向きに気をつけています。痛みが取れるまで安静にと言わ
 
           11月半ばからほぼ3カ月、指示どおりに枕を高くして寝ていました。それが歯にも良かっ
 
           たようです。
 
      そもそも首の故障?で腕が痺れて痛くなったのは、話が長いですがこうです。去年の暮
 
     れに歯の治療に迷いがあって、セカンドオピニオンをと、ついフラッと近くの歯医者へ行き
 
     ました。そこで変なこと(詳細はブログの話の続きで)をされて首が凝るようになり、マッサ
 
     ージに行って、さらに首を痛めたのです。ああ、バカなことをしたと、ますます落ち込んで
 
     いたのですが、なにが災いして、なにが幸いするか、分からないものです。そのお陰で首
 
     の捻れに気がつき、安静にもしていたお陰で、歯の状態が良くなったのですから。
 
      近ごろは、上下の歯の噛み締めが、軽くなったように思います。たまにですが、歯を食い
 
     しばって口を閉じるのではなく、唇で閉じ合わせているのに気づくことがあります。と、言っ
 
     ても、感覚的に分かりにくいかもしれませんが。
 
      今回は、第三章 大学病院から民間病院へ の ”11 次の歯科医を決められない” 
 
     です。この話は昨年、2009年のちょうど今頃のことです。
 
                                               
                             お茶席へのお誘い嬢? 中の座敷でお茶会があります。
 
            「歯科巡歴の記―歯科からの帰還」
              
         第三章  大学病院から民間病院へ
 
             十一  次の歯科医を決められない
 
 
「診察は打ち切る、他を探すように」と、突然言われて、今度こそもう持ち堪えられないと、
 
パニック状態になる。他に当てはない。ワラをも掴む思いで県の歯科相談所へ行った。
 
「民間病院では対応できないので、大学病院へ行ってください。近くに、もう一つ歯科大学が
 
あります」というアドバイスだった。
                                                                                         
 
 インターネットで、もう一つの歯科大学を調べてみた。
 
 そのホームページには簡単な説明しか書かれていなくて、詳細は分からない。以前に行っ
 
ていた大学病院に比べると、診療科の数も少ない。補綴科も前のところは第一、第二と二つ
 
あったのだが、一つしかない。この歯科大学は開業医の歯医者を育てるのが目的のようだと
 
人伝に聞いた。卒業生の開業医との連絡網があって、適当な歯医者を紹介するシステム
 
あるようだ。
 
 歯科相談所で相談に乗ってくれた歯科医の卒業歯科大学を見ると、以前に行っていた大学
 
よりも診療科の種類も数も多い。筋肉やスポーツ関連の科まである。ついでに他の歯科大学
 
のホームページも見てみた。どこでも同じようなものかと思っていたら、大学によってずいぶん
 
違うのだ。大都会ほど大学も病院も数が多くて、医療は充実しているのだと痛感する。
 
 私の住んでいる地域では、隣の県に国立大学の歯科と私立の歯科大学が一つずつある。
 
民間の歯医者は私の住む県内に三千軒以上もあるらしい。三千軒から良さそうなところを
 
探すのは至難の業だが、セカンドオピニオンは聞きに行きやすいだろう。
 
                                                                                             
 地方の町に住んでいる知人が愚痴っていた。
 
「私の近くなんか、大学は一つで、開業医の歯医者の数ももっと少ないのよ。
 
だから、何軒か梯子すると、歯医者のあいだでブラックリストに載せられたも同然になって、
 
どこへ行ってもまともに取りあってもらえなくなるの」
 
「開業医が駄目なら公立病院とか大学病院へ行けば? だったら大丈夫でしょう? 
 
開業医と、病院、大学病院などの歯科医師会は別々で、開業医の歯科医師会とは別に
 
病院歯科医師会があるらしいし、大学病院の歯科医は文部科学省の管轄とか」
 
「別々の組織でも、狭い地域だからツウツウなの」
 
 何軒目かの歯医者であまりに長く待たされ、変だなあと思っていた。すると、「あの人は
 
他の歯医者でも治らずに来た人で、やっかいだから待たせておけば良い」と、歯医者が助手
 
に言うのが聞こえてきたらしい。待合室まではっきり聞こえるくらいだから、嫌がらせにわざと
 
なのだろうか。
 
「もう、どこの歯医者へも行く気がしないの。行っても治らないし、しかもそんな扱いだし。
 
歯医者へ行っても地獄、行かなくても地獄なら、行かないほうが精神的にまだましなのよ」
 
「でも、そんな状態のままで我慢するの?」
 
「仕方ない……、新幹線で大阪まで通院したこともあるけど、駄目だったし」
 
 彼女は開業医で歯を何本も削られて、噛み合わせや顎関節が悪くなった。平衡感覚も
 
おかしくなって立てなくなり、救急車で病院へ運ばれたそうだ。それ以来九年間も、歯は治ら
 
ないし、家の中でも杖をついた生活なのだ。車の運転はしないので、家人が休日に車に乗せ
 
てくれるときぐらいしか外出はできないと言う。
 
 あまりの行き場のなさに裁判を考えたこともあるそうだ。だが、裁判の証拠集めのために
 
弁護士が裁判所の書状を持って歯医者へ行くと、カルテの開示をその歯医者は拒否したの
 
だ。裁判所のカルテ開示請求の書状には、強制力がない。医療裁判は患者に不利だとは、
 
私も弁護士に聞いていたが、想像以上の困難があるようだ。
 
 彼女は、私よりもずっと辛くて苦しい経験をしている。あんなふうに我慢する生活しかないの
 
だろうか。いずれ私もそうなるのだろうか。私の住んでいるところは東京ほどの都会ではない
 
が、彼女の町よりはまだましだ。それでも、新幹線で通院するくらいは、私も覚悟している。
 
しかし、どこへ行っても治る保証はない。試しに行くだけなのだ。
 
 考えがまとまらない。思い悩んでいると、三週間が長い。
 
                                                          
                               木の寒さよけのようですが、今頃でもまだ外さないのでしょうか。
 
 やっと、大学歯科病院歯周科の予約の日が来た。とりあえず、相談に行った。
 
「えっ!? 診察できなくなったのですか? 紹介もしてもらえないのですか……」
 
 歯周科の歯科医も言葉に詰まる。
 
「月に一度の外来では、他の患者さんもいらっしゃるでしょうから、毎月診ていただくのは
 
無理かもしれませんね。でも、それならそれで、普通は紹介しますよねえ」
 
「もう、これからどこへ行けば良いのか……」
 
「じゃあ、またこの病院へ帰ってこられたら」
 
「ええ、でも前の主治医では治らないと思ったので転院したのですし……。
 
県の歯科相談所で、他の歯科大学もあると教えてもらったのですが……」
 
「私は、この病院が良いと思いますよ。じゃあ、主治医を換えてもらえばいかがですか?」
 
「五年間の通院の空白がないと新規にはならなくて、同じ先生が主治医になると、
 
事務の方が以前おっしゃっていましたが……」
 
「ああ。でも他の先生が良ければ、替わって欲しいと遠慮せずに言えば良いのです」
 
「そうですか? あのう、それと、第一補綴と第二補綴はどう違うのですか? 
 
第一補綴から第二補綴に移ることはできるのですか?」
 
「ああ、第二補綴は、交通事故などで歯だけでなく顎の骨まで割れたりした人の歯を、
 
修復したりもするのですが、まあ似たようなことをしています。第二補綴に替わりたいのなら
 
私が紹介してあげますよ」
 
「そんなことができるのですか? 私は補綴科の主治医でないとできないとばかり
 
思っていました」
 
「大丈夫ですよ。でも、前の主治医の先生は人気のある先生で、お上手だと思いますけど。
 
相性もあるでしょうが」
 
「そうですか? でも歯を削ったり調整したりするのは、以前の教授のほうが細やかだった
 
ように思います」
 
「年配の先生は年季が違いますから、手慣れているとかは違うかも知れませんね。
 
でも、あの先生は見ていても、巧いですよ。私なら治療してもらいたい先生ですけど」
 
 そうかなあ。信頼している歯科医の言葉でも、すんなりとは信じられなかった。
 
「来月、一応、相談のために補綴科の主治医の予約を取ってありますので、行ってみます。
 
ひょっとしたら、他の先生の紹介をお願いするかも分かりませんが」
 
「良いですよ。いつでも言ってください」
 
「もう、どうしようと落ち込んでいたのですが、ほっとしました。有り難うございました」
 
 まだ、次の歯科医が決まったわけではないが、もしものときは紹介してもらえるのだ。
 
そう分かっただけでも、相談に来て良かった。大船に乗った気がした。
 
 もう一つの歯科大学か、この大学歯科病院の第一補綴科か、第二補綴科か。新幹線で通う
 
か。選択肢は大学病院の歯科に絞られ、四つだ。第一補綴の予約は三月。その結果次第で
 
第二補綴と、もう一つの歯科大学へ行くことにしよう。
 
                  
  
 三月末までは、民間病院の歯科へ通うつもりだった。どこかにぶら下がっていないと、痛み
 
がひどくなったりとか、もしもの時に行き場がなくて困るからだ。
 
 二月半ば、三週間隔の予約の日だ。
 、
 歯科医はスプリントの再調整をさっさと済ませた。気がなさそうに見える。こんな状態の人
 
頼んでもと思ったが、どう考えても、ここで続けて診てもらうのが一番良いように思った。
 
「次のところがなかなか見つかりません。決めかねています。やっぱり、ここでクラウンなどを
 
作っていただけませんか?」
 
 他へ行ってもスプリントで調整してくれるようなところはなくて、この状態ですぐ型を取って
 
クラウンなどを作るだけ。それなら、今すぐにここで作っても同じことだ。私の症状を理解して
 
ない他のところよりは、私にとってはまだ条件は良いのではないか。前回と同じように、
 
そう頼んでみたが、駄目だった。
 
「僕は、そんな無責任な治療はしたくありません」
 
 投げ出すほうがもっと無責任だ! 私の価値観ではそうだ。
 
「でも、清水の舞台から飛び降りるつもりで、大学病院からここへ替わったのですよ」
 
「ええ、ええ」
 
 にこにこと笑みを浮かべながら歯科医は相槌を打った。
 
 信じられない。この態度はなんなのだ! 
 
「それに、大学で五年半もかかってやっと作っていただいたクラウンや部分入れ歯九本の
 
うち、七本を低く削ってしまったのですよ」
 
「はい」
 
 穏やかに頷いた。まだ、にこやかな笑顔だった。どういう人種なのだ。信じられない。
 
 こんな人に診て欲しいと頼むのも愚かしい。それにしても、こんな経緯になって申し訳ない
 
一言ぐらい、言ってくれても良いではないか。言うべきではないのか。そんな言葉は、まだ
 
一度も聞いていない。
                                                                                           
 帰りぎわ、当てつけのつもりだった。
 
「先日、仰ったとおり、大学の歯周科の先生に相談に行ってきました。
 
面倒を見てくださると仰ってくださいました」
 
「ハハハハー、あの先生がですか」
 
 歯科医はバカにしたように鼻で笑ったのだ。私はこの態度を理解できなかった。
 
 相談に行けと言ったのは誰なのだ。
 
「いえ、歯周科の先生が診るということではなく、他の先生を紹介して下さるということです。
 
前の補綴の主治医とは来月、お逢いします」
 
「少しでも早く次の先生のところへ替わった方が良いですよ。
 
それが患者さんの利益になりますからね」
 
 どうしてこんなときに、そんな穏やかな態度で、善人ぶったことを平気で言えるのだ!
 
「前の主治医はお若くて、先生ほどはスプリントを使った治療の経験もないようで……」
 
「あの先生は中堅で、若くはないですよ。あの年なら、すでに教授になっている人もいますよ。
 
もっと若くて、なる人もいます」
 
 ああ、この人はこういう価値感の人なのだ。きっと、自身は早くに教授になったのだろう。
 
 大学歯科病院の二人目の主治医だった教授も、常識では考えられない酷いことをする人だ
 
と思ったが、比べてみればまだ可愛いものだった。うしろめたさが態度に出た。この人はその
 
上をゆく。院長まで上りつめる人は、凡人とはぜんぜん違う人種なのだろうか。
 
              
 ちょっと分かりにくいですが、水琴窟です。ここのは竹の棒を地面に当てて聞きます。
                                                つづく
 
 
 
 
 
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歯科治療9年の苦労ばなし  88

 
                  P1000290 
 
     今日の写真は須磨離宮公園です。夫と二人でブラブラ散歩してきました。梅はもう終わり
 
    でしたが、お茶会がありました。横目で通り過ぎましたが。
 
     歯の方は4月の予約を待つのみです。3月の確定申告の医療費控除額が、今年は20万
 
    円を切りました。夫婦合算の金額ですが、殆どが私の歯の治療費です。この10年間、多い
 
    ときは50万円、だんだん減ってきて去年は30万円程になっていました。治療費が減ってい
 
    るのは、治ってきている証拠だと感慨深いものがあります。これは今年の話で、下のは
 
    2009年の話です。
 
     今回は、第三章 大学病院から民間病院へ の ”10 もう保たない”です。
 
              
                                                須磨離宮公園です。向こうに瀬戸内海が見えているのですが、分かりにくいですよね。

 
             「歯科巡歴の記―歯科からの帰還」
            
              第三章  大学病院から民間病院へ
            十  もう保たない
 
 
 
 新年早々、突然、歯科医が言った。「クラウンなどは作り直さない。四月から診察が月に
 
一回になるので、三月末で診察は打ち切る、あと二カ月の間に他を探せ」と。月一回の診察
 
なら大学病院と同じだから、ここで診て欲しいと頼んだが、駄目だと言う。
 
 いくらなんでも酷すぎる。急に打ち切りも酷いが、それならそれで次の医者を紹介してくれる
 
ものだろう。
                                  
 
 突然の話に呆然とする。いくら頼んでも、引き続き診察することはできない、他に紹介もでき
 
ないの一点張りで、取りつく島もない。
 
 七十歳近い年だ。どこか健康状態に差し障りがあるのだろうか。ひょっとしたらガンとか、
 
なにか重篤な病気なのかも知れない。突っ込んで聞くのもはばかられた。昨年の夏にここへ
 
転院したとき、歯科医の年齢が気になっていた。どうぞ、私の治療が終わるまで元気でいて
 
くれますようにと、つい思ったものだ。
 
「有り難うございました」
 
 私の帰りぎわの挨拶に、歯科医は笑顔を作った。それでも私が診察室を出ようとドアに手を
 
かけたとき、カルテを書きながら上目遣いに私の姿を追っているのが分かった。他の衛生士
 
受付の事務員も引き攣ったような顔で、私をじっと見つめていた。いつもの笑顔はない。
 
部屋の雰囲気も、いつもとは違った。シーンという音が私を目掛けて刺さってくる。私の感じ
 
いる以上にたいへんなことになったのだと、改めて気が付いた。
 
 廊下を一歩、もう一歩と進む。階段を一段、もう一段と下りる。一歩、一段ごとに実感が
 
湧いてきた。大変なことになったのだ。どうしよう。一階の会計カウンターに辿り着く頃には、
 
絶望感が押し寄せていた。やっぱり治らないのだ。
 
 帰りのウナギの道はどう歩いてきたのかも記憶にない。自宅に辿り着くまでの記憶が
 
まったくなかった。なんで月に一回の診察になるのだろう。病気なのか、それとも他の病院へ
 
変わるのだろうか。どこか他の病院でも診察をしていないだろうか。そんなことばかりが頭の
 
中で行ったり来たりしていた。
 
 帰宅すると、すぐにインターネットで調べたが、他では診察はしていないようだ。その日は、
 
他にはなにをする気力もなかった。私の精神力ではもう保たない。
 
 治療を始めて三年目の頃も、もうこれ以上は精神的に保たないと思い詰めていた。
 
衝動的に自殺するかも知れないと、自分自身の行動が不安だった。通院の途中で電車に
 
飛び込みそうになる。プラットホームの端には立たない、端は歩かないようにしていた。
 
歯を大きな石にぶつけて粉々に砕きたい。そんな衝動にも駆られ、その姿が目に浮かぶたび
 
寒気がした。
 
 今度は、あの時ほどの元気がない。エネルギーがもう残っていない。その場にへなへなと
 
崩れ落ちて、消えてしまいそうだった。もう駄目だ。
 
                              
 翌朝、なんとか気力を取り直す。
 
 愚痴っていても仕方がない。できることをしておこう。
 
 とりあえず、大学病院に電話して、これからのことを相談するための予約を取った。予約を
 
取るなら少しでも早く電話したほうが良い。歯周科の担当医の予約はキャンセル空きがあっ
 
て、三週間後の二月半ばに取れた。元の主治医に会うのは気が進まなかったが、補綴科の
 
予約も取った。一カ月半後の三月半ばまで空きはなかった。
 
 それから、今かかっている民間病院へも電話を入れた。昨年からの治療内容を書いた紹介
 
状を頼むためだ。大学病院へ相談に行くときに持っていくつもりだった。いくら私が厚かましく
 
ても、「他へ行きます」と転院して、十カ月経って「やっぱりまたお世話になります」とは言いに
 
くい。今の歯科医から事情を説明して頼んで欲しい。紹介状を書いてくれるかどうかは分から
 
ないが、それくらいは歯科医の当然の責任だろう。
 
 自分で思いつくことはした。あとはなにもない。
 
 いつもならすぐにでも友人に電話をするのだが、その気力もなかった。それに、こんな話を
 
聞かされても、返答にも困るだろう。
 
           
           一枚目の写真はこの写真の白い建物のところから見下ろしたもので、これは下からあ見上げたものです。
             白い建物の前が滝になって水が流れ落ちて、下の噴水のところまで流れてきています。
         
  しばらくして、たまたま友人から電話があった。話さずにはいられない。
 
「こんなん、どう思う?!」
 
「うそ! そんなバカな! それに、もし自分が診られないのなら、責任を持って次の医者を
 
紹介するのが当たり前、常識でしょう!」
 
「普通はそうするよねえ!」
 
「無責任すぎる。信じられないわ。もし、他の病気で医者がそんなことをしたら、どうするの? 
 
大問題でしょう? 歯医者っていうのは、医者の自覚がないのかしら」
 
 それ以後は堰を切ったように、知り合いに電話した。誰に聞いても同じことを言った。
 
「次に行ったときに、ここで最後まで診てくださいと、もう一度、泣きついてみたら」
 
「そうね、駄目元で頼んでみようか。大学病院へ帰るにしても月に一回の診察で同じことだし
 
他に民間の歯医者のあてもないし。そもそも大学病院で駄目だから、他に適当なところもない
 
から、あそこへ転院したんだもん。これも前回、話したんだけどね」
 
「そう。でも、もう一度頼んだら、そこまで頼りにしているのならと、思い直すかも知れないよ。
 
ああ、それと、公の医療相談みたいなところに電話して聞いてみたら」
 
 そんなアドバイスをくれる人もいた。
 
 なにか知っていそうな人に片端から電話したが、他にこれという名案はなかった。
 
 インターネットでも歯科医を探してみたが、適当なところは見つからない。最新の技術を売り
 
に歯列矯正をしている歯科や、審美歯科はたくさんある。顎関節の治療を謳っている歯科も
 
ある。だが、筋肉について知識があり、顎関節も噛み合わせも解り、補綴もするというような、
 
総合的で地味な治療に重点を置いた歯科はないのだ。
 
「スプリントを使って長期間治療するようなスタイルは儲からないから、
 
そんな歯科医はだんだん減って、今は殆どいないのよ。昔そんな治療が流行ったときにやっ
 
いて、続けている年寄りの歯科医ぐらいね」
 
「そうなの。道理で、見つからないはずね」
 
「審美歯科とか、矯正歯科とか、インプラント専門歯科とか、仕事が楽で儲けの多いほうに
 
流れるのよ」
 
 自身も歯科治療で苦労している知人が教えてくれた。
 
 歯科でなくても、産科や小児科などの3K労働の医者は減っていて、美容整形や肌のケアー
 
などの美容方面の医者は増えている。そういう時代なのだ。
 
 気分が落ち込むばかりで、どうして良いか分からない。今度は本当に保たないかも知れな
 
い。一軒目の歯医者から八年半、なんとか持ち堪えてきたが、もう駄目だ。自信がない。
 
行動が起こせずに、ぐずぐずと時が過ぎる。
                                  
 
 やっと、市の医療相談に電話をする気になった。ワラをも掴む思いだ。
 
「治療ミスや損害賠償の訴訟をするための相談はしていますが、
 
これからの治療のためのアドバイスはしていないのです」
 
 相談員はそう言ったが、県の歯科医師会で相談窓口を開いていると教えてくれた。
 
 そこへ電話をすると、驚いたことに民間病院のあの歯科医の名前を出しただけで、話が
 
んだ。
 
「偉い先生ですから、ご自分で失敗したのを目下の人に頼むのは面子が潰れるので、
 
紹介したくないのでしょうね」
 
 えっ!? そんなふうには考えもしなかった。これが自然な考え方なのか。
 
「あの先生は、その辺の歯科医や学生から見れば雲の上の人なのです。大学歯科病院の
 
院長をしておられた方で、第二補綴だけでなく、第一補綴と第二補綴の両方の教授を兼任な
 
さっていたこともあります。だから、紹介しようと思えば、どちらの科にもできるはずですよ」
 
 私が知らないことを色々と正確に知っているようだ。歯科医師名簿のようなものを持ってい
 
て、それを見ているのかも知れない。
 
「あのう、それで、どこか適当な歯科の紹介はお願いできないのでしょうか?」
 
「私達事務員は紹介できないことになっています。ですが、こちらまで来ていただければ、
 
当番の先生がいて、その先生からは紹介できますよ」
 
 当番制で歯科医が詰めていて、歯の状態を診てから適当な歯科を紹介してくれると言う。
 
翌日の約束を取ってくれた。
                     
 
 冬の冷気に静かに日が射していた。古い土塀が傍らに続く石畳の道を行くと、目指す建物
 
があった。
 
「どういうことでお困りですか?」
 
 緊張して待っていると、セーター姿の歯科医が足取りも軽く現れた。四十歳前後だろうか。
 
雰囲気が若々しくて、まだ青年の風情を残している。
 
 私の話を、メモを取りながら聞いてくれた。歯の状態も診てくれた。一時間半はかかっただ
 
ろうか。
 
「これは、開業医では手に負えないですね。知識も技術もないですし、時間もかかるので
 
経営上もね。話を聞くだけでも一時間以上もかかりますから」
 
「やっぱり、そうですか。大学病院でなくても良いのならと、迷っていたのですが」
 
「筋肉や顎関節や、様々の知識がないと。僕の出身大学では、そういう患者さんを診ること
 
できるので紹介できますが、ここからだと新幹線で通うことになります」
 
 歯科医の出身大学には、複雑な症状の患者のためのプログラムがあるそうだ。専門の違う
 
複数の歯科医がチームを組んで、治療に当たるという。
 
「ちょっと遠いですよね」
 
「そうですね。だけど、もとの大学に戻るにしても、そこが駄目で他へ変わったのですから
 
ねえ……。あと、この辺だったら、歯科大学がもう一つあります。そこへ行ってみますか? 
 
町中なので、通院にも前の大学病院よりは便利ですよ」
 
「大学病院でないと治療できなくて、前の大学以外と言えば、そこしかないですよね。
 
一度行ってみます」
 
「僕に腕があれば良いんですが。もし行くところがないときは、また来て下さい。
 
相談に乗りますから」
 
「長い時間、有り難うございました。またのときは宜しくお願いします。
 
どこもないときは、新幹線に乗ってでも通うつもりでいます」
 
 ここへ来るまではお先真っ暗だったが、光が見えてきた。新しい気力が湧いてきたように
 
感じた。
 
「ゆっくりお話が聞けて良かったですね。お顔の表情がずいぶん明るくなりましたよ」
 
 昨日、電話で応対してくれた事務員さんも、そう言って見送ってくれた。
 
 優しくて忍耐強い先生で良かった。一軒目の歯医者からの話を延々と聞いてもらえただけ
 
でも、心が落ち着いた。開業医の歯医者では無理だということも、はっきりした。近隣の大学
 
病院は二つしかない。前に行っていたところにするか。もう一つの歯科大学にするか。
 
 日が陰り始めた石畳の道は、まだ暖かそうにキラキラと光っていた。
                つづく
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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歯科治療9年の苦労ばなし  87

                P1000290
 
 今日の写真の椿は、近くの植物園で撮りました。でっかい花で、ちょっとけばけばしいので
 
すが、元気がもらえそうな気がします。
 
 歯は次回の予約は3月はなくて、4月の初めです。
 
 今回は、第三章 大学病院から民間病院へ の ”9 突然の診察中止宣言” です。
 
                              
 
 
          「歯科巡歴の記―歯科からの帰還」
               
    第三章  大学病院から民間病院へ
 
        九  突然の診察中止宣言
 
 
 
 スプリントを付けても外しても両顎は痛いし、筋肉は緊張する。食事のときはスプリントを
 
外していたが、左右とも奥歯が低すぎて満足に噛めない。下顎を後ろに引かないと上下の
 
奥歯が届かないので、食べ物を噛むときはつい下顎を後ろに引いてしまう。顎関節の痛みが
 
増す。特に右顎の痛みが大きかった。
 
 一度は安定していた顎の位置も不安定になり、噛み合わせも左右前後にずれるようになっ
 
てしまった。
 
 
 
 奥歯は噛みしめるから治療の対象にはしないということで、前回は奥歯とスプリントが当た
 
らないように調整した。すると、今度は奥歯の代わりに前歯がカチカチや噛みしめを始めた。
 
スプリントの前歯のところに噛んだ跡形が付き、擦った跡がピカピカ光る。
 
「カチカチ噛んだり、噛みしめるのは、体が無意識に反応して、高いところを潰して
 
低くしようとしているのですよ」
 
 歯科医はそう説明した。一般的には納得のいく説明だと思う。
 
 しかし、私の今の場合、前歯は自分自身の天然の歯だ。奥歯を低く削ったので、相対的に
 
奥歯より高くなっているだけなのだ。まして、奥歯はスプリントなしだと上下が届かないのだか
 
ら、高すぎるはずがない。「低すぎると、却って上下の歯を噛み合わせようとして、力が入る」
 
と、歯科医が以前に説明した状態ではないのか。
 
                                                                                                
 十月も終わろうとしていた。
 
「やっぱり調子が悪いです。クラウンなどを削ってから急に、こうなりましたよね。
 
だったら、削る前の高さにもどしていただけませんか?」
 
 思いあまって、頼んでみた。
 
「今、高くするのは危険です。あなたの歯は、噛み合わせが崩壊寸前の状態なのですよ」
 
 えっ?! いつからそんなことになったのだ。
 
「……そうですか? そんなあ~、ハハハハー」
 
 突然そんなことを聞かされても、どう理解すれば良いのか。驚きと憤慨と戸惑いで、なんと
 
言って良いか分からない。思わず笑ってしまった。
 
「ハハハハハー」
 
 歯科医まで楽しそうに笑う。なんで笑うのだと腹が立ったが、私が先に笑ったので仕方が
 
ない。
 
 ますます調子が悪いのに「もう、予約も三週間ごとで良いでしょう」と言う。頻繁に来ても
 
意味がないのだと。
 
 その後も症状は相変わらずで、診察のたびに同じような会話になった。
 
 ところが、「口腔内の変化になるようなことをするのは危険なので、もうクラウンや義歯は削
 
らない。削ったものを高くすることも、変化になるのでできない」と言っておきながら、その後も
 
また削ってさらに低くしてしまった。
 
 最初からだと、まず左が高いと言って削り、次に右を削り、また左を削り、その後また右を
 
るというように、だんだん低くしたのだ。まず診察日二回続けて一度、少し開けてまた二回
 
一度、少し開けて一回が一度の三度にわけて、合計で五回の診察日に削ったことになる。
 
 結局、大学歯科病院で五年以上もの試行錯誤を経て、やっと作った九本のクラウンや部分
 
入れ歯のうち七本が削られ、左右の奥歯とも上下がまったく届かない状態になったのだ。
 
あんなに嫌だったのに、食事時以外は一日中ずっとスプリントを付けなければならいように
 
なってしまった。
 
 顎関節も痛いし、噛むのにも不自由したが、顔の外観にも影響が出た。頬がこけて頬骨が
 
高くなり、下顎も尖ったような変な顔つきになったのだ。「正面からは目立たないけど、ちょっ
 
斜めから見ると、ほんとにペコッと頬が凹んでるよね。歯の状態でこんなになるのねえ」と、
 
人から言われるほどだった。歯の高さの違いなど一センチもないミリ単位のものだろうが、
 
すごいものだと、自分のことながら呆れるばかりだ。
 
                                                              
 とうとう十二月、年内最後の診察になった。
 
「今年はもう駄目でしょうが、来年初めにでも削ったクラウンなどを高くしてください。
 
お願いします。このままでは悪くなる一方ではないですか?」
 
「そうですね……」
 
 にこやかに答えてくれたので、安心して病院を後にした。
 
 年末年始に人と食事をする機会があるので、早くなんとかして欲しかったが、間に合わなか
 
った。仕方がない。来年までもう少しの辛抱だ。
 
 六月半ばにこの病院へ転院して、七月には顎位が決まり噛み合わせも決まったと言われて
 
喜んだ。ところが、その後、七月の終わりにクラウンなどを削ってから調子が悪くなり、夏も過
 
ぎ秋も過ぎ冬になった。どんどん症状は悪くなって、良くなる気配がない。食事に不自由なせ
 
いか、体重も減っていた。
 
 それでも診察のたびに、穏やかでにこやかな歯科医の対応にほっとして、膨れた不安が
 
小さくすぼんだ。きっと、なんとかしてくれる、最後まできちんと面倒を見てくれると、疑いもし
 
なかった。
 
 
 
 お正月が過ぎ、新年最初の診察の日が来た。
 
「スプリントに噛みしめなどの跡が付く限り、クラウンなどを高くすることはできません」
 
 一度は奥歯をスプリントに当たらないようにしていたが、また歯全体が当たるように調整し
 
ていた。それでこのときは、スプリントの右奥歯のところが割れて穴が開き、前歯のところも
 
噛んだ跡が光っていた。左奥歯からはじまった噛みしめやカチカチが、右奥歯へ、さらに前歯
 
へと、全部の歯に広がってしまったのだ。
 
「でも、先生、歯がこんなに低くなった状態では、噛みしめなどがひどくなるばかりでは……」
 
 噛みしめがなくならない限り高くできないと言うが、高くしない限り噛みしめなどはなくならな
 
いのではないか。これでは悪循環だ。やっぱり元の高さに戻して欲しい。
 
 しかし、歯科医は頑として、「高くはできない」と突っぱねた。
 
 ここでは保険治療はしない。だから、クラウンなどを作るとしたら自費になる。一本十万円。
 
削ったのは七本だから七十万円だ。歯科医の考えでは、今の私の状態で作っても合うものは
 
できないので、また作り直さなければならない。二回分の費用は誰が出すのだ。もとのクラウ
 
ンは歯科医が削って低くした。患者があっさり二回も七十万円を払う訳もない。歯科医として
 
も、おめおめと二回分は請求できないだろう。一回分の支払いで二回作ると大赤字だ。
 
作らないという理由は、それもあるのかも知れない。疑心暗鬼になってくる。
 
 これから、いったいどうなるのだろう。
                                                                                           
 
 次の三週間後の予約が来た。スプリントには、また同じような跡形が付いていた。
 
「まだ、奥歯の跡も強く付いていますし、前歯も前後に滑らせた跡が光っています。噛み合わ
 
せの位置が決まっていないのでしょう」
 
 歯科医の言葉が白々しい。
 
 私は高く作り直すようにまた頼んだ。だが、歯科医もまたできないと答え、今度は、前歯が
 
当たらないようにスプリントを調整した。奥歯のところは手を加えず、噛んだ凹みはそのまま
 
だ。調整後、スプリントがいよいよ緩くなって外れやすいと訴えたが、これくらいならと、これも
 
り合ってもらえない。
 
 診察が終わった。
 
「実は、四月から月に四回の外来が一回になります。それだと責任のある治療ができません
 
ので、他を探してください」
 
「えっ!」
 
 突然の思いもかけない話だ。しかも、自分で他を探せ!? 
 
「どこか紹介してくださらないのですか?」
 
「ええ……」
 
「ここの他の先生にお願いできないのですか?」
 
 他にも、大学から二人の歯科医が診察に出向いていた。
 
「それはできないです。頼むわけにはいきません」
 
「はぁ?!」
 
 どうして、頼めないのだ。
 
「……では、もといらっしゃった大学病院の他のお弟子さんにでも」
 
「こういうことができる人がいたのですが、もう辞めていませんので」
 
「はあ……、じゃあ、他の先生は?」
 
「もう、僕は大学を出ているので、口を挟むのは良くないでしょう?」
 
「えっ!? ……じゃあ、私はどこへ行けばいいのですか?」
 
「三月末までは診ますから、まだ二カ月あります。その間に探してください」
 
「でも、突然そんなことを言われても……、まったく当てがありません」
 
 沈黙が流れた。
 
 しばらくして、歯科医は背を向けて手を洗いながら言った。
 
「ああ、大学の歯周科にはまだ行ってますよね? 歯周科の先生に相談したらどうですか」
 
「はあっ?! でも、歯周科の先生は、補綴のことはご存じないと思いますが」
 
「じゃあ、補綴科のもとの主治医はどうですか?」
 
「でも、そこで治らないから転院したのです……」
 
 あまりのことに、私はまだ診察台から立ち上がれないでいた。歯科医は診察台に近づいて
 
来ると、いつもの穏やかな笑顔で言った。
 
「やっぱり大学病院が良いと思いますよ。設備も整っていますしね。
 
それ以外に僕は適当なところを知りません」
 
「でも、先生、大学だと診察は月に一回です。だったら同じことです。ここで月に一回で結構で
 
すから、診ていただけませんか?」
 
「そんな無責任な治療は、僕にはできません」
 
「どうせ、大学病院へ帰っても、他の歯医者に替わっても、この状態のままで型を取って
 
クラウンなどを作るだけです。だったら、ここで作ってくださったほうが、
 
まだましではありませんか?」
 
「補綴はスプリントの調整と違って、月に一回ではなく、もっとつめて診なくてはなりません。
 
月に一回では無理です。そんな無責任な治療を、僕はしたくないのです」
 
「次回に作ってくだされば、四月までの二カ月の間につめて診ていただけるので、
 
調整も充分していただけるのではないですか?」
 
「できないです。作ったものが合わないと、患者さんは色々注文を付けるものです。
 
僕は経験上、ようく知っています」
 
えっ!?  作っても合わないので作り直さなければならないと考えていて、やっぱり、それが
 
嫌なのだ。
 
 さらに歯科医は言った。
 
「あなたの歯は簡単には治らないですよ。噛みしめなどは、なかなか、なくならないものです。
 
まだまだ、これから長いことかかるでしょうね」
 
 えっ!?
 
  
 前回の写真は兵庫県の天然記念物指定になっている椎や樫などの常緑樹の照葉樹林です。常緑樹が多いと驚かれたようですが、他の山はこんな感じで落葉樹が
結構多いです。早春の頃は枯れ枝の若芽がだんだん膨らんで、遠くから見ると薄いピンクの靄がかったように見えます。春が来たなあと実感します。
余談ですが、この写真には竹がたくさん写っていますが、竹は山の雑草のようなもので、竹がはびこっているのは手入れされずに山が荒れている証拠だそうです。
 
 
                                                              つづく
 
 
 
 

 
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