歯科治療8年の苦労ばなし  5

         
         
 キルギスタンで、オペラ”蝶々婦人”が上演されていたので、ちょっとビックリ。
 
でも、日程の都合で、残念ながら観ることはできませんでした。
 
 月曜日、歯医者でスプリントを再調整、痛いのは治まりました。
 
それに、もう噛み合わせの位置が決まったのです。
 
まだ、私が無意識にその位置を保つことができるというのではありません。
 
初診の時、ここまで4カ月かかるかもしれないと言われていたのですが、
 
スプリントの効果が予想していた以上に早く出たようです。
 
今までの噛み合わせは、顎関節から決まってくる正しい位置から
 
1.5ミリもずれていると言われていました。
 
これは、噛み合わせがむちゃくちゃ、全く合っていないと言えるそうです。
 
この状態で、どんなクラウンや部分入れ歯などを作っても、
 
合わなくて、苦労するということでした。
 
 今日は、第6章からです。大決心をして4軒目の歯医者に替わります。
                 
 
 
                「歯科巡歴の記ー蟻地獄に落ちた」
 
      
      第七章  四軒目の歯医者
 
            一  泣き面にキツツキ
 
 夏もそろそろ終わり、夜、虫の音が聞こえだしたころ。
 
 本当に、これが最後の歯医者になりますように。大決心をして四軒目の歯医者へ行った。
 
 待合室は、カビ臭い雰囲気の漂う古びた部屋だった。不潔というのでもないのだが、掃除が行き
 
届いているとはお世辞にも言えなくて、破れてはいないのだが座ると破れそうな椅子が並らべら
 
ている。窓はあるのだがなんとなく薄暗い。若い衛生士が三人と、アトピーのため顔の肌が
 
ぼろぼろで痛々しい三十過ぎくらいの青年技工士一人、舌足らずが可愛いさを添えている受付嬢
 
一人がいる。五十歳くらいと聞いていた歯医者は、六十歳はとうに過ぎているように見えた。
 
この時点で不安が過ぎる。
 
 診察室に案内された。
 
 意外にも、部屋は明るく衛生的で、器具も結構新しく良さそうだった。歯医者も人当たりが良く、
 
私の過去一年の経過説明を聞いて、なにをすれば良いのか、すぐに事態が掴めたようだ。
 
 上下の歯全体のパノラマ写真を撮る。
 
「ブリッジの高さを調整し、仰っている左上の歯の隙間を塞ぎましょう。左下の歯に関しては、
 
慢性の歯根膜炎の原因になるようなものは、なにも見あたりません。まだ痛いようなら根の治療を
 
三カ月ほどしましょう。それで治ると思います」
 
 確信を持った自信満々の説明だ。それを聞いて、ほっとするより、振り出しに戻ったような、
 
霧の晴れない道に迷いこんだような複雑な気分になる。前の歯医者は確かに“慢性の歯根膜炎”
 
だと何度も言った。
 
 まず、話すたびカチカチ当たるブリッジの高さを調節する。
 
 仰向けに寝たままの姿勢だけでなく、垂直に上半身を起こしたり、前に俯かせたり、左右に首を
 
傾けさせたりして、どの姿勢でも大丈夫なようにブリッジを削った。
 
 それから、左上の歯に被せた金属の隙間をパテのような物で塞いだ。
 
「まあこんな隙間、たいしたことはないですよ。そんなに早く虫歯は進行しないものです。
 
一応、隙間を塞ぎましたが、これで駄目なら新しいのを作りましょう」
 
 色々な姿勢をさせて歯の高さを調節するのは、この歯医者が初めてだ。さすが元大学助教授と
 
感心する。だが、被せた金属を削るテクニックは、はっきり下手だった。まったくの不器用と言おう
 
か、以前の三人の歯医者と比べても段違いの差があった。
 
 なにはともあれ、カチカチ鳴るのは治まった。応急処置のようだが隙間も塞いだ。
 
 この後どうしようと迷いに迷う。他に適当な歯医者が見つからない。ぶり返した痛みが治まらな
 
いので、しばらく探してからという時間的余裕はない。一回きりですぐ替えるのも早とちりかも知れ
 
ない。技術的には駄目でも知識はありそうだ。慢性の歯根膜炎でないのなら、本当の原因を突き
 
止め、根本的に治してくれるかも知れない。
 
 とりあえず、上の爪楊枝の入る歯だけでも仕上げてもらおう。
 
 次の予約の日に行った。
 
「隙間を塞いだパテは、すぐに外れました。それで鎮痛剤は飲み続けています」
 
「新しいのを作りましょう。隣の歯も一緒に作りなおします」
 
「隣に被せた金属には隙間はありませんが」
 
「続きですので、形を揃えた方が良いです」
 
 翌週、上の二本の歯に新しい金属のクラウンを被せた。
 
「あれ、下の歯と全然合ってないな。下のブリッジの治療がすんだら、上下とも自費の良いのを
 
一緒に作り直しま しょう。それまで、これで良いでしょう」
 
「そうですか…」
 
 巧く噛み合わないまま、 新しい二本のクラウンの高さを調整した。その仕方に驚く。普通は
 
ドリルを横に滑らせて薄く削る。が、キツツキが突くようにドリルの先でクラウンの上面を何度も
 
叩いて、たくさんの小さな凹みを作り、全体を凹ませ低くする。下の歯とは、ずれてきちんと噛み
 
合っていないとは言え、せっかくの噛み合わせの凸凹もあったものではない。呆れてしまう。
 
 他の歯医者を早く探さなければ。
 
 こちらの心を見透かされたのだろうか。断りもない。あっという間に左下のブリッジを外した。
 
ブリッジの脚の一本、第二大臼歯の根を塞いでいた蓋を取り除く。歯の治療をする準備だ。根っこ
 
に薬を詰め脱脂綿だけで蓋をし、その上にブリッジを乗せた。有無を言わさぬ早業だった。
 
 今までの歯医者は、薬を詰めた後、沁みないようにセメントのような物で蓋をした。それをしな
 
い。飲み物は直接根に沁みる。薬は唾液とともに口いっぱいに広がる。当然飲み込む。嫌な味と
 
匂い。胃は痛くなる。食欲はなくなる。
                                          
「なんや、この匂い。強烈やな」
 
 帰宅した夫が玄関先で気付いた。
 
 四、五日たって、大半は飲み込んで口には残っていない、匂いは消えたと思う。電車に乗り合わ
 
せた友人が、私の口元をじっと見つめた。
 
「凄い匂いやね。なんの薬?」
 
 人に会うのが億劫になった。
 
「詰めをしていただけないでしょうか」
 
「できません。薬は充分入れてあるので、飲み込んでなくなるという心配はありません。
 
根の奥に残っています」
 
 外出時にはマスクをする。
 
 この状態で他の歯医者に替わっても、ややこしい。根の治療をしてもらわざるを得ない。被せ
 
なおした上の歯二本は下の歯とは、きちんと噛み合わないが、爪楊枝が入る隙間はなくなった。
 
沁みて痛いということはなくなった。一歩前進としよう。
 
 しかし、治療を始めた下の歯は、ますます痛くなる。抗炎症剤と鎮痛剤を処方してくれた。
 
 しばらく通う。
 
「なにをなさるのですか」
 
 事前に説明もせず、了解も取らずに勝手にしようとする。この時は左の歯の治療だと思っていた
 
のに、右の方へ道具を持って行ったので気が付いた。
 
「右下の親不知、虫歯になっています」
 
「左の治療が終わってからにして下さいませんか。噛む所がなくなります」
 
 歯医者はムッとした様子で道具を引っ込めた。
 
 
 
 八月末から十二月末まで、左下ブリッジの脚二本の歯の治療を続ける。十一月ごろから痛みを
 
感じないときがあるのに気付く。
 
「痛み止めを飲むのを、そろそろ止めて下さい。もう大丈夫でしょう」
 
 飲む回数を徐々に減らした。歯医者で治療をした日が一番痛い。翌日から徐々に痛みが軽く
 
なり、一週間後の治療日の前日には、まったく痛みがなくなる。治療をすると、また痛くなる。
 
その繰り返しになった。
 
 
 
 十二月末。
 
「もう左下二本は大丈夫です。右下親不知の虫歯の治療に掛かりましよう」
 
 親不知は二十年ほど前に一度虫歯になり、小さな詰め物をしている。その詰め物の回りが茶色
 
なっていた。二番目の歯医者でも治療を勧められた。いずれ治療しなくてはならないのかもしれ
 
ないが、痛くはない。余計な事をして、またなにが起こるか分からない。
 
 前回は断ったが今度は断りにくかった。不安だが承知した。
 
 十二月に削って型を取り、新年早々に詰める手筈になる。
 
 
 
 親不知だけを削っているのだと思っていた。いやに時間が掛かる。
 
 大変だ! 隣の歯も削っている!
 
 止めてくれるように手で合図した。片手を振っても止める気配がない。これ以上動くと歯医者の
 
手元が狂って危ないというくらい、両腕をまっすぐ伸ばし大きく左右に何度も振った。歯医者は
 
知らん顔で削り続ける。その間中、ずっと両腕を振り続けた。こんな光景はドタバタ喜劇の滑稽な
 
一場面にしか見えないだろう。ここまでしても、そのまま削り終えてしまった。
 
「二本も削ったのですか!」
 
「ついでですから」
 
 そんな!
 
 親不知の隣の大臼歯は何年も前に虫歯で少し詰めてあったが、見た限り虫歯は再発しては
 
いなかった。まして事前に削る話など一言もない。私が両腕を大きく振ったとき、知らん顔で削り
 
続けたのも、まったく解せない。と言うより信じ難い。手元が狂って削ってしまったとしか思えなか
 
った。失敗を誤魔化そうとしているのではないか。
 
「ついで」歯医者のこの返答に、どう切り返して良いのか。とっさに言葉が出ない。
 
 削ってしまった歯はもう取り返しがつかない。このまま二本、詰め直してもらうしかないのか。
 
幸い神経はそのままで、根の治療をする必要もなく、型を取り、詰直すだけで済む。そう諦める
 
かないのか。
 
 診察台の上で、ボーとしていた。
 
 歯の色を調べている。なにをしているのだろう。
 
「金属よりも、この方が細菌が付きにくいですし、体にも良いですから」
 
「はあ…」
 
 帰りぎわ、治療代を払うとき、受付嬢が言った。
 
「保険は効きませんが、宜しいですね。次回、三万円、持って来てください」
 
 えっ!?
 
 保険にして下さい!
 
 声にならない。気力がない。奥歯、それも親知らずと第二大臼歯を詰めるのだ。保険でするに
 
決まっている。それに、普通、自費でするときは事前に相談してくれるものだ。
 
 後悔で頭の中が固まってしまった。
 
 やっぱり、痛くもない虫歯の治療は断るべきだった。
 
 「詰直すだけで済むのだから大したことはない」 「三万円は大金ではない」
 
 自分に言い聞かせた。
 
 歯が痛むと、それとともに嫌なことを思い出して気分が滅入る。痛みは鎮痛剤で完全に押さえ
 
込み、新年を迎えた。
 
                つづく                                                                                                                                                  
                                                            
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カテゴリー: 健康 パーマリンク

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