歯科治療9年の苦労ばなし  56

 
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 今回の写真は、神戸の北側裏にある闘竜灘のものです。ここでは川底に大きな岩盤が
 
露出しています。船で荷物を運んでいた昔は、ここでいちいち荷物をあげて岩のない下流
 
や上流まで陸路で運び、また船に積み直すという面倒な作業をしていたそうです。
 
 歯は我慢あるのみ、ここまで来たのだから焦らない焦らないと思っています。
 
今週も第一章の続きで、”9 矯正科での検査”です。
 
                                       
 
 
         「歯科巡歴の記―歯科からの帰還」              
            
   第一章  二人目の主治医
         
              矯正科での検査

 

 矯正科で、傾いた歯を起こせるかどうか調べることになった。年末から年始にかけて、

一回二時間ほどの検査を半月ごとに、三回受けた。

 

 検査に先立ち、分厚い問診票を自宅で書いてくるようにと渡された。

 私自身の幼い頃から今に至る歯の状態や治療経験などと、それ以外にも親類縁者の歯に

ついて記入する欄まであった。歯の状態は遺伝的な要素が大きいのだろう。

 私の子供三人はろくに磨かなくても虫歯にならない丈夫な歯をしていた。これは私にでは

なく、夫に似たようだ。夫は歯医者に行ったのが子供のときに一回と、四十代の頃に一回だ

けだと自慢している。一カ月に一回くらいしか磨かないのに、虫歯にならない。ただし、夫は

問診票には関係がない。私の母親と兄弟も夫ほどではないが、丈夫な歯を持っていた。母は

八十歳を過ぎていたが、自身の歯が二十五本も残っている。妹と弟はまだ全部自分の歯だ。

七十七歳で亡くなった父は歯槽膿漏で抜けた歯があったらしいが、詳しいことを母に尋ねて

憶えていなかった。まして、他の親類縁者についてなど知る由もない。いちいち電話で問い

せるのも面倒だ。知る限りの範囲で記入した。

                           

 一回目の検査の日だった。

「すごく綺麗な仮歯ですね! さすが教授ですね」

 私の口の中を覗いた担当の女医さんが、驚くほどの明るい声を弾ませた。

「えっ! そうですか。こんなものかと思っていましたが」

「いいえ、こんな綺麗な仮歯は初めて見ました。その場で作られるのですか?」

「いえ、型を取って、作るのは技工士さんです」

 そうか。主治医の教授に付いている技工士は、きっとベテランの上手な人なのだ。技工士の

腕が良いのなら、仮歯だけでなくクラウンや義歯も良いものができることになる。

 主治医の教授が仮歯を付けるとすぐに外れるので、救急で付け直しに行くときは上手な他

歯科医にあたるようにと願っていた。もっと上手な人が主治医になって欲しいとも思って

た。だが、教授というのは自身の技術以外にも、有利な条件の下で治療ができる人なのだ

気が付いた。

 その日は、担当の女医さんが器械を使わずに調べられることをした。口を開けたり閉じたり

して歯の状態や噛み合わせの状態を観察する。なかでも特に印象に残った検査がある。

歯科医が手で私の下顎を持ってガクガクと何度も揺らし、顎の筋肉の緊張を解いてから、

彼女が下顎を誘導して上下の歯の噛み合わせを調べる。こんなことは初めてだった。

 

 二回目の検査の日がすぐに来た。

 一階の検査室へ行くように指示される。一階の薄暗い廊下にズラーッと様々な検査室が

並んでいるのは、以前から知っていた。指示された検査室の前には、私の他は誰も順番を

待つ人は見あたらない。部屋の扉を開けると、寒々と感じるほどの広い部屋に床から天井

まで届く大きな装置がそびえていた。全身や上半身の骨格を計測するのか、レントゲン写真

ようなものを撮るのか良く分からないが、そんなふうなことをした。なにをしているのか検査

技師に尋ねる余裕はなかった。

 

 三回目の検査は、矯正科と同じ二階にある小さな検査室へ案内された。

 担当の女医さんが検査にあたる。検査する器械はそれほど大きなものではない。首から上

頭部や顔面の形、骨と歯の位置などを調べた。他にも、口を閉じて歯を噛み合わせた後に

唇だけを開いたとき、イーと笑ったとき、鏡に写った自分の顔を見ながら口を開けたときなど

噛み合わせの状態観察した。今までに検査したことがない細かなことを丁寧に観察して

記録する。それぞれの検査についての説明はなかった。検査はする側もだろうが、される側

緊張して疲れる。前回同様、一つ一つの検査の目的を尋ねるのも億劫だった。

 

 検査のたびに担当医の診察もある。

 毎回、歯科医が私の下顎を手でガクガクと何度も揺すり、顎の筋肉を脱力させて噛み合わ

せを調べる。一回目の検査にしたのと同じことを毎回繰り返した。

「これで左右を比べると、左奥歯は上下噛み合いますが、右は上下届かないですよね」

「そうですね。でも、普段の姿勢では左のほうが右よりも上下の隙間が広いのですが」

「うーん。右奥の下のほうが、歯は低いみたいですがね」

「普段は両方とも低くて、前歯一組だけが上下噛み合っています」

「前歯も本当は噛み合っていないのではないですか。どこかを噛み合わせないといけないと

無意識に思って、上下届く歯をとりあえず噛み合わせているだけではないでしょうか」

 普段の状態では、開いた口を閉じていくと、まず前歯一組だけが上下噛み合う。他の歯は

すべて上下が届かない。噛み合わない左右の奥歯にも差があって、左側の隙間のほうが

広かった。上の歯が短すぎるのか、下の歯が短すぎるのか、両方なのかは分からない。

これまでは、とにかく左側のほうが上下の隙間が広いということで、治療を進めてきた。

いったい、どちらが正しいのだろう。

 今まで顎の筋肉を脱力させるなど経験がない。筋肉を脱力させるといっても、完全にはでき

ないのではないか。左上半身、特に左側の首や顎周辺の筋肉は、大きすぎる仮歯のミス以来

引き攣って緊張がまだ残っている。そのために、左側は筋肉の脱力が右側ほど巧くはできな

くて、より緊張が残った状態になるのだろうか。そのために左側の方が噛み合って、右側は

噛み合わないということになるのかも知れない。あるいは逆に、普段は左顎の上下の筋肉が

緊張しているので上下に歯が引っ張られて引き離され、隙間が大きくなっているのだろうか。

筋肉の緊張が解けて緩めば、上下の歯が本来の位置にもどり、普段よりも接近するのかも

しれない。

 検査の結果が出れば、その答えも分かるのだろうか。

「右下の歯を高くすれば、当然、上の歯列は右側が持ち上げられて、

左側が低く傾きますよね……」

 担当医はしきりに首を傾げていた。今はその逆の状態になっていると言いたいのだろうか。

                                

 矯正科では、患者の治療方針はこの科の他の歯科医も交えた検討会で決められることに

なっている。

 その結果が分かる日がやって来た。

「初めまして、検査の結果を説明させていただきます」

 担当の女医さんと一緒に上司の歯科医が現れた。担当医はカルテや資料、それと上下の

歯型を机の上に並べると、私の顔をじっと見つめた。いつもは明るい朗らかな人なのに、

にこりともしない。上司の一時間以上の丁寧な説明が続いた。

「この右下のクラウンを被せた歯並びですが、本来の歯並びにはなっていませんよね。

歯の高さは、クラウンや仮歯のブリッジは左右とも低くすぎますね。

教授はよほどの理由があって、こうしていらっしゃるのでしょうが……」

「私もこの歯並びは変だと思っています。歯の高さも低すぎると感じています。

下顎を思いっきり奥に引いて型を取ったので、こうなってしまったのではと……。

これで噛み合わせると喉が詰まりそうになります……」

「もちろん、教授は考えがあってなさっているのでしょうが、顎は自然な位置にして、

歯も自然な並びと高さにした方が良いでしょうね」

「はあ……」

「それに、このままだと、隣の歯が犠牲にならないうちに、倒れ込んでいる第二小臼歯を

抜かなければならないでしょうね……」

 担当医は上司が説明するあいだ沈黙をとおした。どうしたのだろうと思うほど硬くなって、

置物のようにじっと動かない。

 結論は、矯正はできないと言うことだった。理由は釈然としないが、年齢のため骨の再生

能力に懸念が残るということのようだ。担当の若い女医さんはやる気満々だったのに、

検討会で上の歯科医の承諾が取れなかったのだろう。不可能なことはないが、少しでも危険

があるかもしれない場合はしないという方針らしい。

「こんな結果になって、本当に申し訳ございません。私は……」

 若い担当医は深々と頭を下げて見送ってくれた。”できるつもりだったのですが”と、

生真面目な声が続いたような気がした。

                               

 今回の検査にあたって分厚い問診票以外に、私の昔の顔写真が必要だった。

 正面を向いて唇は開いているが、歯は閉じていて歯の噛み合わせ状態が良く分かるものを

と言う。そんな都合良く撮れた写真など、なかなかあるものではない。若い頃からの

アルバム何冊も片端から引っ張り出すと、なんとか条件にかなうのが三枚あった。

 三枚とも三人の子供がまだ赤ちゃんのころ、私と一人一人の子供がツーショットで

写っているものだった。幼い子供は可愛いに決まっているが、子供に頬をくっつけて

横に並ぶ私の顔が子供以上に嬉しそうなのだ。親の私の方がなんの屈託もなく幸せ

うに笑っていた。子供達が小さい頃は忙しくて時間に追われ、毎日クタクタだった。

ジーパンの膝が三カ月で抜けるほどだ。早く大きくなって楽にして欲しいと、いつも

思っていた。それなのに、私はこんなに幸せだったのかと驚いてしまった。歯科医に

見せるための写真探しのはずが、自分の人生の幸せを確認する作業になったのだ。

 三枚のうちの一枚を担当医に見せた。

「わあ、かわいい! お子さんですか?」

「ええ、これは長男です。あと次男と、三人目の女の子がいます」

「えっ、お子さんが三人もいらっしゃるのですか。良いですねえ」

 歯科医は私の歯はそっちのけで、子供ばかりに見とれていた。親子ともども幸せそうに写っ

ているので、いっそう赤ん坊がかわいく見えるのだと思った。

 普段は古いアルバムなど開いたこともないが、昔の写真を見るのも悪くはない。年老いて

ベッドで古き良き昔を懐かしむときが、いつか来るだろう。写真を残しておくのは大事なこと

かもしれない。

 

 歯周科の診察の日、矯正科での検査結果を報告した。歯周科の担当医は、自分が検査を

勧めた手前もあるからだろう。いかにも残念そうだった。

 しかし、検査で分かった私の歯に関する詳しい情報が、今後の補綴科での治療の参考にも

なるだろう。検査が無駄だったとは、私は思っていなかった。それに、歯周科の歯科医も

矯正科の歯科医も、親身になって色々考えてくれたのだ。そのことが私の心を軽くする。

 できること、できないことを一つずつ確かめて進んで行くしかない。選択肢が一つ消え、

進む道が一本になった。むしろ、すっきりしたのだ。

             つづく
 
 
 
 
 
 
 
 
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歯科治療9年の苦労ばなし  56 への13件のフィードバック

  1. パンチ より:

    年齢が高いと再生能力落ちるのは素人でもわかるね、この前の北海道の遭難も似たようなもので若い人だと助かる確率高いらしい、歯遺伝より食生活だと思うけど昔の人は虫歯少なかったらしい。

  2. 乙女 より:

    「腕が良いのなら、仮歯だけでなくクラウンや義歯も良いものができることになる」確かに白い花さんの言うとおりで仮歯だけ上手に出来るなんて変よね。進む道が一本になったって事は最終治療法が決まったのかな?続きを期待して・・・

  3. main より:

    あちらを立てればこちらが立たず・・・ってな状況と、地位的な立場によって支配されてる歯科の状況も拝見できました。昔の若き時代の写真もいいものです。若き頃のなんと元気だったことを老いて知る世代に入っている私 加齢による治療不要についても 少し考えてしまいます。

  4. たんぽぽ より:

    三人のお子さんたちを育てるのは大変だったと思います。辛い時に昔の写真を見ると、この頃は自分がこのようになるとは思わなかったな~・・・と思ったりしますよね。

  5. 洋子 より:

    旦那様やお子さんたちは口中に虫歯の原因菌を持っていないのかもしれませんね。今回はきちんと丁寧な仕事をされている先生方もちゃんといる、という点で救われたようです。

  6. booo より:

    豪快でいて繊細な川の写真がいいですね。こういう川を最近は実際に見ていないので、また旅行に行きたくなってきました。自分も年を取るたびに思うのが、人間って、幸せなときには幸せを感じていないですね。不幸だと思うときに幸せを再確認しますよね。 その不幸もあとで振り返ると、幸せだと思えることがあったり。。。「ここまで来たのだから焦らない焦らない」 我慢して自分をおさえることは一番大変だと思いますが、白い花さんなら、きっと大丈夫だと思っています。 焦らないで!

  7. ひだまり☆☆ニコニコ より:

    白い花さん、おはようございます。歯科の問診表で、親類縁者の歯のことも書き込むことがあるのですね。歯の丈夫さなども遺伝が大きいのでしょうかね。ひだまりが子供の頃、親子で優良な歯で表彰されている方もいました。心が落ち込んだ時に、古いアルバムを見ると癒されて元気になる効果があると言うことを聞いたことがあります。今なにげなく撮ってる写真も、いつか自分の心を元気づけてくれる日が来るといいなっと思います。川の写真、素敵ですね。子供の頃大きな川の近くに住んでいたこともあり、川を見ると懐かしく故郷のことを思い出します。

  8. Misa より:

    こんにちは♪いろんな検査をされて、たくさんの人と接して、それぞれの考え方も技術も異なる中、白い花さんが時間をかけて治療しているご様子、本当に大変だったと思います。その中でも、お写真のエピソード、心に響きました。そのときは何も思っていなくても、あとで振り返れば幸せを感じたり、写真って大切ですね。デジカメにしてから殆どアウトプットをしていないので、ちょっと考えちゃいました。

  9. ミッキー・フォール より:

    こんばんは~!矯正歯科への道を絶たれたことは残念に思います。でも検査したことで、進むべき道が絞られたので無駄ではなかったのですね!子供さんとの写真で気がついたのですけど・・私と子供のツーショット写真はないような気がします。。たくさんの成長写真は残してますが、いつも撮る側だったと思いますよ!^^;

  10. じばこ より:

    せっかく、一生懸命にやって下さる先生に巡り逢ったのに、上からの許可が下りないで、がんじがらめになっていく、制度なんですね。良い医者が育たない訳ですね。捜して、幸せだった時期を思い出した写真は無駄にはならなかったのかしら?白い花さんは、お子さんも幸せに育ち、良い時期に捜されて良かったですね♬

  11. abend より:

    闘竜灘 なかなか素敵なところですね。一度観たいです。歯の治療 ほんと大変なんですね。

  12. 白い花 より:

    コメント有り難うございました。なかなか一人ずつにお返事できなくって、申し訳ないです。歯の状態は、いままでの生活習慣に大きく影響されますよね。白パン、白米を食べるようになって、虫歯が一度に増えたらしいです。虫歯菌の種類や、唾液の質でも個人差がずいぶんあるらしいですが、それも食べ物が関係しているのでしょうか。私の検査は、矯正のためだったので、遺伝的な歯の形、生え方などを知りたかったようです。治療が長いと、病気のためか加齢のためか、訳が分からなくなりますよね。52歳の治療し始めた頃は、きちんと治さなくってはと思っていましたが、今は、痛みが取れて、そこそこ食べられたらと考えるようになりました。別に固いものや食べにくいものを食べなくっても、死なないしという感じです。でも、一軒目の歯医者に行ったときは、歯を磨くと虫歯の味がするというだけで、痛くも痒くもなかったし、もちろんなんでも食べられたし・・・と、かんがえると、落ち込むので、考えないようにしています。子供でなくって、夫でなくって、私で良かったと思っています。それも、子供に手がかからなくなってからで、不幸中の幸いです。焦らないっていうのは、大事ですよね。でも、どこで焦って、どこで焦らないのが良いのか、いつも迷っています。正しい判断は、どうすればできるのでしょうか。今は、焦らない、峠は越えたのだからと、自分に言い聞かせているのですが。でも、今の歯科医に続けて診てもらうべきか、噛み合わせの専門家に替わってもらうべきか、まだ、迷っています。昔の写真、大切ですよね。尖っていた心が、ずいぶん丸くなったように思います。男の方は、写真は撮る係ですものね。ツーショットはないかも知れませんね。私も最近の写真はPCとUSBの中なので、もっと歳をとってPCを使えなくなったときはどうなるのだろうかと、時々心配になります。あの川は、森鴎外の「高瀬舟」に出てくる川?

  13. 白い花 より:

    書き忘れたのですが、(というか、先の話の筋が分かってしまうのですが)教授についている技工士さんは、やっぱり凄い上手な方のようです。その後、今の若い先生に替わって、作ってもらったクラウンと比べると雲泥の差?!がありました。・・・ああー!写真は、役に立ったのかどうか、矯正の治療を受けないことになったので分かりません。ただ、矯正でした検査の結果がカルテに付けられていたのですが、それを見た主治医は、「こんなもの信用できるのかな、ほんとですかね」と言いました・・・で、最近のカルテ(二人目の教授から三人目に替わってから)は、以前より薄くなっているのですよね。でも、矯正科の資料がなくなったわけではなくって、書いてあるようなのですが、少しになったような・・・すごく薄いのです。以前は分厚くってグチャグチャというくらいだったのに、すっきりとしています。分かりませんが・・・カルテを患者は見れないので・・・

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