憧れの天山北路 3

 
               
                  
 
 
                「憧れの天山北路」
 
             3  通訳と運転手付きの車を見つける
 

 

 二日目から通訳を雇った。

 

 町を歩いた経験からやっぱり通訳が必要だと思い、苦労してやっと見付けた。通訳を連れて

 

役所へ出かける。この国唯一の五つ星ホテル、ハイアット・リージェンシーの滞在証明書が威力

 

を発揮たと通訳さんは言った。しかし、それでも半日は費やした。

 

 私達だけではロシア語の届出用紙記入するのは到底無理だっただろう。役所の太ったおば

 

さん事務員は威張って偉そうにふんぞり返っていた。そう言えば、国立美術館も歴史博物館も

 

元国営のホテルも、職員は全員が年増のおばさんだった。が、偉そうに威張ってはいなかった。

 

すでに民営か独立採算制になっているのかも知れない。役人は特に待遇が良いのか地位が

 

高いのか、おばさん事務員は、ブランドの紛い物だろうが、ここでは上等に見える服で着飾って

 

いた。私達の通訳のキルギス人も、登録に来ている他の外国人も、おばさんから見下したように

 

さんざん怒鳴られ、低姿勢でやっと届けを終えたのだ。しかし、届けたからといって、その後の

 

滞在になんということはない。ただ、届出料をボッタクられただけのような気がする。

 
        
 
 通訳と一緒に運転手付きの車もチャーターした。ビシケクの郊外、さらにビシケクから遠く離れ
 
た湖、“イシク・クル”へ足を伸ばす予定だ。

 

 乗り合いバスは廉いけれどクーラーが効いていなくて鮨詰めだ。体力的に無理があると、すで

 

悟っている。友人は、到着一日目に、夕食を食べながら居眠りしていた。一口食べてコックリ、

 

話しかけても返事がない。眠っているのかなと思うと、パッと目を開けて次の食べ物を口に運ぶ。

 

なんと器用なことかと可笑しかった。心身ともに、そうとう疲れているようだ。パックツアーとは

 

勝手が違って緊張感が何倍もある。あと九日間、元気で持ちこたえて貰わなくてはならない。

 

無理は禁物だ。

 

 それに、バスは三蔵玄奘の足跡のある遺跡へは立ち寄らない。

 

 通訳と運転手付きの車で一日五十ドル、地方まで泊まりで来て貰うには宿泊料、食費を別途

 

一日五十ドル。それで話が着いた。旅行書に載っていた相場だ。日本人から見れば廉いが現地

 

の物価で言えば廉くはない。なにしろ田舎の家が二十万円、首都のビシケクの高級マンションで

 

も、高くて二百万円という国だ。物価の低い国の旅は、それほど金銭的な心配をせずに済むの

 

で助かる。

                                                  
       
 三日目、さっそく通訳付きの車に乗って出かけた。ビシケク郊外の山裾にある観光地、
 
アラ・アルチャへ日帰り旅行だ。                                       
 
 紺碧に澄み切った大空に、真っ白い万年雪を被った山脈が聳え立つ。太陽の動きとともに次々
 
嶺嶺の輝きが白さを増してゆく。その足下を、氷河が溶けた白い泡のような流れが川を下る。
 
天山樅という、枝垂れ杉と呼びたいような高木の枝垂れた枝に、おみくじのようなものが幾つも
 
結びつけてあった。日曜日で観光客が多いと言うが、出会う人など、いないに等しい。鳥のさえ
 
ずりが聞こえるだけだ。のどか過ぎるくらいのどかだ。鶯によく似た鳴き声だが、ホーホケキョと
 
は聞こえない。通訳さんが実演してくれた鳴き真似は難解でさえある。日本語の耳には、何度聞
 
いても、さっぱり聞き取れなかった。ここでは鶯もキルギス語で鳴く。
 
                        
                       ここから少し先に氷河の先端があるらしい。氷河の溶けた水が流れている。
 
 足を伸ばせば氷河の先端まで行けるらしいが、二人とも脚力に自信がない。氷河は諦めた。
 
料金を払うとゲートを抜けて上の方まで車で登って行ける。車で登れるところまで行って、
 
山頂の万年雪をカメラに収め満足した。観光客用の乗馬クラブがあったが、時間がないので
 
これも諦めた。
                                                   

 食堂一軒あるわけではない。もちろん自動販売機があるわけでもない。水しか持ってきていな
 
いので、お昼になっても食事にありつけない。他の観光客はお弁当を持参していた。ビシケクの
 
町まで帰らないとレストランはない。出発前に水を買った時、教えるべきかと迷ったが、昼食を
 
ねだっているように思われるのが嫌なので黙っていたと、通訳さんは弁解した。仕方がない。
 
ビシケクの町へ早目に引き上げた。
 
                                   
 
 町の高級レストランへ案内された。客はお金持ちかキルギスタン在住の外国人だけだという。
 
ウエイトレスもボーイも可愛いい垢抜けた人ばかりだ。通訳さんが言うには、ヨーロッパ系、
 
ロシア系の人が、肌が白くて綺麗で、背が高く、脚も長くて、格好良いということになっているらし
 
い。アジア系の彼のような人は、ずんぐりむっくりで格好が悪いと見なされる。高級レストランや、
 
ホテルの従業員に雇って貰えるのは格好良い人だけで、お給料は彼の倍もあるとぼやいた。
 
 アジア人の胴長短足の私としては聞き捨てならない話だが、ここでも、如何ともしがたい世界の
 
スタンダード、西洋文明主導の美意識なのだ。                              
 
 いざ食事となった時、食事代が高くて自分達では払えないと通訳さんは言う。結局、私達が
 
四人分払うことになった。これが目当てだったのかも知れない。普段、彼らが自分達で入れる
 
ようなレストランではない。以後は、最初の約束の料金だけで、食事代はそこに含まれていると
 
念を押すが、そうも行かないこともあった。そんな高級レストランでなくても、一回の食事代が
 
百円を超えると、高価で自分達では払えないと通訳さんは必ず言う。それくらいだと、もう面倒な
 
ので払ってあげる。押し問答する時間とエネルギーの方が貴重だ。日本のおばさんは大金持ち
 
の鴨ネギだった。
 
 肝心のお料理は、昨日行った、もう少し安い、普通の町の人が行く“高級レストラン”の方が、
 
風土色が濃くて美味しかったような気がした。
                                    
 
  四日目は、通訳抜きで町をウロウロする。案内人がいると便利なこともあるが窮屈でもある。
 
言葉が通じないのも、それはそれで面白い。バスに乗ったり、タクシーをひろったり、気ままに行
 
き当たりばったり歩いたり。  
 
      
 

 繁華街から外れた静かな並木道には、普通の人の生活感があふれていた。子供を連れたお母
 
さん、木陰で談笑する少年達、羨ましいような恋人達。とくに社会主義圏は娯楽が少ないせいか
 
公園でべったり寄り添うカップルが目につく。ここキルギスタンでも事情は、まだ同じようだった。
 
 並木のポプラは、幹の太さが両手で一抱え以上もある。木陰は涼しく爽やかな憩いの場を提供
 
していた。大きな葉陰の下を行くと、このまま時間が止まってくれそうな、穏やかな幸せが永遠に
 
続くような、そんな気さえする。
 
 私が杖をついていたせいか、杖をついた中年の男の人が話しかけてきた。二本の杖はパッと
 
見はまったく同じ。私の杖は日本で買った。どうしてこんなによく似ているのか不思議だ。そうか、
 
ここは中国の経済圏、二本の杖は中国製なのではと思い当たる。その人は買い物帰りのようだ
 
った。ロシア人で、キルギスタンには両親が住んでいて里帰りしているらしい。ロシア語と英語の
 
チャンポンの会話なのでよく分からないが、熱心に話してくれる。旧ソ連領で英語が話せる人は
 
珍しいし、しっかりと落ち着いた話しぶりから想像するに、ソ連邦崩壊で没落したエリートなのか
 
もしれない。
 
 軍服姿の若い兵隊さんにも出会った。小柄な東洋人だ。彼によく似た東洋人の弟らしい人と、
 
西洋人と東洋人の血が混じった独特の乳白色のなめらかな肌に、東洋人的な華奢な容姿を
 
せ持つ、美人の恋人を従え誇らしげだった。一緒に写真を撮らせてもらう。背の高い軍帽を
 
キリッとかぶり直し、堂々と胸を張ってポーズを取ってくれた。行きずりの人に写真を撮らせてくれ
 
るように頼むと、屈託なくカメラに納まってくれる。この辺が日本人とは違う。
 
 どこまで続くのか、どこへ続くのか分からない巨木の並木道。くすぐったいような、懐かしいよう
 
な心地よさに酔う。首都の真ただ中に、こんなに深い木陰とおだやかな静けさを持つ人々が
 
羨ましい。
 
   
 
                                                       つづく
 
 
 
 
 
 
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憧れの天山北路 3 への8件のフィードバック

  1. パンチ より:

    まだ共産主義の余韻があるんですね、それからロシア圏は警察と軍人の制服詳しくないと見分けつかないでしょう、で物価日本に比べたら安いんだろうね。

  2. САБУРО(サブーラ) より:

    こんにちは、САБУРО(サブーラ)です。傍から見ると、何故そこまでして旧ソ連の国に行きたいのか思うかもしれないけどきっと子供の頃から西遊記に憧れていたのでしょうね。私も15年前にサハリンに行ったことがありますが、パック旅行でした。憧れで言えば私も名前の通りСАБУРО(サブーラ)ですので、ロシアには関心はあります。一度はシベリア鉄道乗りたいです。また続きを楽しく読ませていただきます。

  3. さんぽ より:

    氷河の溶けた水が流れている川はとても素敵です。見たいと思います。山や風景のフォトはいいですね・・・休憩をしている方もいるようで こんな場所での休憩ならいいですね。

  4. sakura より:

    おはようございます。ツァーで行かれたのではないなら、旅の間も気が抜けなかったでしょうね…でも世界から見たアジア人ってそんな感じなのでしょう。おっしゃる通り西洋文化が中心に考えるからで、これがアジア中心だったらまた見方が違ってきますよね。どこを基準とするかによってまったく逆の答えになるから不思議です。自然に囲まれゆっくりと過ごす現地の人々は羨ましい限りですね。日本人は働きすぎとよく言われますが、こういったものに触れると改めて実感します。

  5. ちえみ☆ より:

    こんばんわ~コメントありがとうございます(^_^)v凄い旅行記ですね。私もいつかインドに行ってみたいと思っています。また来させてもらいます(^O^)/

  6. Misa より:

    こんばんは☆海外に行くと、日本の常識がいかに通じない、という場合によく遭遇しますが、白い花さんの旅行記を拝見すると、もう全く別の世界…考え方も、ものの価値も…ただ自然の美しさだけは、共通に持つことができる感動のひとつだと思うのだけれど、この地の穏やかな人々が、これからも平和な世界で生きていくことができればと、願いたいです。

  7. 阿霞 より:

    海外では、やっぱり日本とは違うんですね~価値観も考え方も、違うんですねいつか、行ってみたいなぁ~

  8. hulala より:

    キルギスは穏やかな国のようですね。でも軍服姿の人がいるのはなんでかしら。もみの木のような道路横の木々の横を連れだって歩くお二人がいいですね。

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