憧れの天山北路 6 

     
      
 
 
              「憧れの天山北路」
 
 
                    6  湖上を船で行く  
 
 
 午後はイシク・クルを堪能した。
 
 夏のリゾートシーズンには遊覧船があるが、六月は避暑には早すぎて船は出ていない。
 
小さな船一艘をチャーターした。通訳さんは、キルギス人には高価で無理だが、日本人なら
 
できると言う。五、六人乗りの小さなヨットのような船で、地下にキャビンのような部屋がある。
 
ただし動力はモーターだ。一時間六千円程だった。
 
                               
 
 山脈の頂を飾る万年雪の白いリボンが、キラキラと空を流れる。白いリボンを両腕に、
 
紺碧湖を行く。現実感のない壮観さだ。今ここに居る自分自身の存在が感じられない。
 
私の存在は、まったく無縁に湖と山脈が、自然が存在するようだ。ある人は、それを“自然
 
は人を超えて偉大だ”と形容し、ある人は、“自然の懐に抱かれるような”と感じるのかも知れ
 
ない。
 
 太陽の光を反射するのではなく、吸い込んだように深く輝く湖面は、地中海と同じ青だった。
 
地中海はコバルトを含んでいるので、まさにコバルトブルーだと聞いたが、この湖もそうなの
 
だろうか。あの青はどうすれば現れ出るのだろう。わざとペンキを塗ったような空の青にも
 
増しわざと作ったような青だった。
 
                       
 
 突然、黒雲の小さな固まりが対岸の端に湧き出た。猛スピードで空を駆け上る。風が吹く。
 
波がうねる。一瞬で、コバルトブルーは重い鉛色になる。湖に出て一時間足らず。船長さんは
 
平気な顔だが、私達は怖くて寒い。引っ返して貰う。
 
 自然は直球を投げてくる。ホテルに帰ると、花と緑が柔らかい。微塵の偽りもない。ただ、
 
可憐で可愛いい。
 
     
 
 イシク・クルのホテルでは、朝、夜の二食付きで宿泊客全員が同じ料理だった。給仕をする
 
ウエイトレスの態度から、精一杯ご馳走しているという察しはつく。だが、日本人の私達には、
 
ご馳走とは言いがたい質素な食事だ。美味しく頂いたが、肉や魚などの動物性のものが少な
 
く、おおむね野菜ばかりの料理なのだ。肉や魚は高価なのだろう。かろうじて、羊のミルクが
 
気軽に口にできる動物性の蛋白源なのかもしれない。この地の人の食生活が想像できる。
 
サクランボジュースも、そんなに気安くガバガバ飲むものではないというのが分かった。
 
 食事の内容ばかりが都会と違うのではない。ここで食べなければ、ホテルの外には歩いて
 
いける距離に、レストランはもちろんのこと、店らしいものは一つもない。町全体としても、
 
首都ビシケクと比べると、ものの豊富さに段違いの差がある。都会と田舎の差は歴然として
 
いた。
                               
                                                  お墓です。 
 
 ここはキルギスタンだけでなく、旧ソ連きっての夏のリゾート地で、そんな片田舎ではない。
 
すでに、このイシク・クルと天山山脈という大自然だけの売りではなく、カジノを一大産業に
 
して、飛行場まで作り、世界のリゾート地にしようという計画があるという。それを見越して
 
すでに地価が高騰しているとも聞いた。この自然をこのままそっとして欲しいが、これという
 
産業もない後進の国にとって、外貨獲得の頼みの綱なのだろう。半端な批判は控えておこう。
 
 それにしても本当の田舎に行けば、どんな暮らしなのだろう。行ってみたい。野次馬根性が
 
頭をもたげる。
                              
 
 このホテルに比べると、首都ビシケクのハイアットホテルは、べらぼうな超高級ホテルだと
 
いうことが解る。二人で四泊したが、田舎の家が買えると通訳さんは嘆いた。いわゆる高級
 
ホテルへは、一般のキルギス人は、お客さんを送り迎えする用がない限り、出入りできない
 
らしい。例外として、ホテルのバーやカジノに来る客は入れてもらえるようだ。が、ハイアット
 
ホテルのレストラン、バーなどは先進国並みの値段設定だ。相当のお金持ちでない限り、
 
お客にはなれないだろう。
 
 ハイアットホテルほどではないが、イシク・クル湖畔のこのホテルも、現地の人にとっては
 
高級なもののようだ。宿泊客は外国人ばかりだった。通訳さん達は他の廉いところに宿を取っ
 
た。
                              
                              湖の近くにある古代の遺跡。石に動物の絵が描いてあります。
                              杖を持っているのが私です。顔が隠れていますが。
 
 私達以外の泊まり客は、キリスト教のボランティア団体の人達が大半を占めていた。
 
世界各国から来ているらしい。食事のときに話をした人達はアメリカ、南米、韓国から来たと
 
言う。もう半年以上、キルギスタンに滞在しているそうだ。日本にボランティア活動で滞在した
 
ことがあるという人もいた。ソ連邦崩壊時に職を失った大人が多くいたが、そのために捨てら
 
れた子供達がストリートチルドレンになって町に溢れた。その子供達の救済の仕事をしてい
 
という。
 
 しかし、このイシク・クル湖畔のどこで、いつ、どんな活動をしているのか皆目解らない。
 
幼児二人と赤ん坊を連れた若いアメリカ人の母親も参加していたが、いったいどんなボラン
 
ティア活動ができるのか、疑問に思う。現地の人にとっては高価なホテルに、二十人上の
 
人が滞在するお金は、どこから出ているのだろう。この閑散とした町に、こんなに大勢で来て
 
救済しなければならないようなストリートチルドレンが、どれ程いるのだろうか。
 
 そう、いぶかしく思ったが、この人達の表情は、宗教を深く信仰している人特有の温厚そう
 
穏やかなものだった。脂ぎった俗っぽさがない。そのリーダーと覚しき白髪の髭を蓄えた
 
老人は、そばに近寄るだけで心が清められるような確固とした迷いのなさと深い静けさ、
 
頑固さを持っているように思った。キリスト者としての威厳が感じられる。
 
 クリスチャンか、仏教徒かという彼の質問に、「信じる宗教はない」と、わざと答えた。反応を
 
知りたかった。「信じる神が、いないのか!?」と、驚愕に近い驚きようである。私の杖に気が
 
付き、「あなたのためにお祈りをしよう。半日も経てば、あなたは心に神を感じ、脚もきっと良く
 
なっているでしょう」と言う。私のために祈ってくれるのは有難いことだ。お礼を言って別れた。
 
                            
 
 この旅で楽しいことは山ほどあったが、苦労も多かった。特にトイレ、風呂、バスタオルでは
 
勝手が違った。
 
 バスタブのお湯にゆっくり入れたのは、ハイアットホテルだけだ。イシク・クルのホテルでは、
 
バスタブはなく、シャワーだけ。友人のシャワーの後で、私が頭をシャンプーし終えた頃、
 
突然お湯が水に変わった。寒くて体は洗わず、飛び出た。室内湯沸かし器なので、一人が
 
シャワーを使うと、次のお湯が沸くまで時間がかかると後で分かった。
 
 ビシケクで二日目以降に予約していた元国営のホテルは、バスタオルが臭っていた。
 
こんなタオルで顔や体を拭く気にはならない。私は念ためフェイスタオルを一枚持参していた
 
が、友人は持っていない。バスタブも汚いので使えないと言う。不潔ではないのだが、古いの
 
でキズで汚く見えるのだ。フロアーに世話係のおばさんが常駐していて、なにかと面倒を見て
 
くれる。親切だ。もちろんタオルは洗濯済みのはずだ。しかし、この地では、こんな分厚いバス
 
オルを使う習慣はないのだろう。洗濯機や脱水機もないようだ。生乾きで臭う。一泊だけで
 
五星ホテルハイアットへ早々に舞い戻った。
 
 イシク・クルのホテルでもタオルは生乾きだった。臭うというほどではないが、ちょっと気に
 
なる。
 
 田舎の家が二十万円。老後は、夏のキルギスで馬を走らせるのも悪くはない。
 
しかし、トイレ、風呂、洗濯などを考えると、到底無理だ。思いとどまる。
 
                   つづく
 
 
 
 
 
 
 
 
広告
カテゴリー: 旅行 パーマリンク

憧れの天山北路 6  への12件のフィードバック

  1. パンチ より:

    綺麗な海ですね、

  2. Misa より:

    こんばんは☆まるで小説のような美しい文章、白い花さんがご覧になった景色が私のまぶたにも浮かんできます。自然と共に質素な暮らしをしているひとたちと、日本に住んでいる私たちの生活は相対するものなのでしょうね。私もリゾート気分で海外に行くけれど、やっぱりトイレやお風呂は気になります。メキシコのトイレは便座が無くて…見たことのないような大きな蛾がいっぱい飛んでいて恐ろしかったです…キルギスの彼らが日本に来たらどう思うのでしょう…すばらしい文明だけれど、ここには住めないなと思うのかもしれませんね。それでも互いに自分の国のいいところ、訪れた国のいいところを改めて見つけられたら…それこそが旅なのだと思います(^-^)

  3. sakura より:

    おはようございます。このような所に旅行するといかに日本人は恵まれているか実感します。当たり前のようだけど当たり前でない国もたくさんあり、旅をすると日本人であることに感謝できます。同じく海外に行くとトイレやシャワーの不便さはストレスになりますね!中国へ行った時も、同じ国内なのに街と田舎では全然違いました。酷いところは、穴が掘ってあるだけっていうのもありましたよ。いくら物価が安くても恵まれた日本人が住むには相当な覚悟が必要ですね。

  4. 乙女 より:

    白い花さんは文才があるので小説を読んでいるような錯覚になったわ。広々とした自然がいっぱいな雄大な景色で、ノンビリとした時間が経過していくんでしょうね。sakuraさんの言うように日本人が住むには相当な覚悟が要るでしょうね。

  5. とんび より:

    やっぱり 日本はいいなあ~ と つくづく 思いますねキルギスタンも やがて 変わっていくのだろうな~それが 良いことなのか 判らないですけど!

  6. ぷち より:

    こんにちは・・・(^-^)やはりお風呂やトイレは、日頃その清潔さに慣れてしまっているだけに、ちょっと戸惑ってしまいますよね・・・白い花さんの文章には、ほんとに引き込まれてしまうものがありますね・・読むほどに景色がリアルに迫ってくる感じがします。

  7. さんぽ より:

    ほんとうに海の青が最高ですね。きれいです。バスタオルはチョット・・・こまりもの。とは言え旅の想い出はスムース過ぎても面白みがありませんからね。後になれば、トラブルがいい思い出になりますよね。シャワーのトラブルは他の国でも多いですね~便利と不便・・どっちを選ぶのか? (便利の中で生活して、時々不便な所に遊びに行く・がいいな。)

  8. たんぽぽ より:

    すごくきれいですね(^-^)このようなきれいなところに、行ってみたいです。バスタオルは、大変な思いをされたのですね(>_<)

  9. 洋子 より:

    わざと作ったような青これ、なんとなくわかる気がします。非現実的な美しさに出会うと素直に認められないものがあるから不思議ですね。ボランティアのリーダーの方が放つオーラのようなものもなんとなく想像が出来ました。どれほど立派な方であっても自分とは考え方が永遠に平行線なのだろうなということまでなんとなく思ってしまいました。

  10. САБУРО(サブーラ) より:

    こんにちは、サブーラです。シャワーのトラブルは、以前私もロシアのサハリンに行ったときに経験しました。「田舎の家が二十万円。老後は、夏のキルギスで馬を走らせるのも悪くはない。 しかし、トイレ、風呂、洗濯などを考えると、到底無理だ。思いとどまる。」物価の安さと、自然の豊かさに魅了され一時ロングステイを考えたりしても文明に慣れ親しんだ我々には諸々の不衛生さ、不便さを天秤にかけ、やはり、行動を起こせないですよね。(^^)

  11. 白い花 より:

    皆様コメントを有り難うございました。不便なことがあっても、それがまた良い経験になるのですよね。色々なことを考えさせてくれます。自然と文明、なかなか両立は望めないものですね。文明国に住んで、たまに自然に触れに旅をするのが、私には合っているのだと開き直っています。

  12. kokan より:

    プラスもマイナスも大切な旅の思い出。楽しくも悲しくも人生。たくさん経験する人ほど 恵まれていると わたしは思います。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中